柏崎市立鯨波小学校の飼育小屋
懐かしい柏崎市立鯨波小学校の記憶を共有するページです。 柏崎市立鯨波小学校の飼育小屋での色褪せない記憶をつづってください懐かしい思い出を是非皆さんと共有してください。例えば飼育小屋で飼っていたペットとの思い出など教えてください。柏崎市立鯨波小学校
飼育小屋の思い出
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例)夜になると飼育小屋にお化けが出るといううわさがありました。 |
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その他の思い出ページものぞいてみてください。
懐かしの光景・思い出
学校の特定の場所について昔の懐かしい光景やそこでの思い出話を主にするページです。
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あるテーマについて学校時代の想い出やエピソードを共有するページです。
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昔言えなかった想いを伝えるページです。伝わるとは限りませんが皆さんの想いを吐露してください。
感謝 謝罪 告白他の小学校の飼育小屋での記憶
飼育小屋での記憶にはみなさんはこんなことを書き込んでいます。 飼育小屋での一生懸命頑張ったり、楽しかったり、がんばったり、ときには悲しかった思い出など、みなさんの記憶をつづってみてください。飼育小屋: | 昔は飼育小屋にはアヒルと、ウサギがいたのですが一匹のウサギが死んでしまってアヒルたちも死んでしまってたった残された一匹のウサギは幼稚園に行ったのですが、結局は死んでしまってウサギやアヒルに会えなくて悔しいです。 |
飼育小屋: | ウサギ小屋の扉のウサギの絵は同級生の書いた絵が元絵だった。 |
飼育小屋: | チャボの夫婦(かな?)と大きな鶏を何羽か飼っていました。茶色い雄鶏もいて、凶暴だったような気がします(笑) |
飼育小屋: | ウサギかわいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーのかな? |
飼育小屋: | あんまり餌を食べて無かったです。 |
飼育小屋: | うさぎがいました |
飼育小屋: | うさぎが死んだ |
飼育小屋: | クジャクがいた! |
飼育小屋: | 数十年前になります。白色レグホンの大きなニワトリがいました。とても気が強く、子どもたちだけでなく保護者のお母さん方もよく追いかけられていました。校舎にも勝手に入ってきて教室前の廊下を我が物がおで歩いていましたよ。当時は住み込みの用務員さんがいらっしゃって、なぜかその方の言う事だけは素直に従うニワトリさん達でした。懐かしい思い出です。 |
飼育小屋: | 5、6年生の時に飼育委員をした際、校舎裏のうさぎ小屋にいた雄雌二匹が繁殖して、5匹の子うさぎが生まれました。本当に可愛くてお世話が楽しかったです。中庭の鳥小屋には一羽のインコがいました。近くの八百屋さんにリヤカーで野菜クズをもらいに行くのも楽しかった。 |
小学校での他の場所の記憶
他の小学校ではこんなことを書き込んでいます。 例え他愛のないことやちょっとした思い出でも、その場所を訪れた先輩や後輩等、だれかがそれを見て懐かしい気持ちを思い出し、あったかい気持ちになれるかもしれません。みなさんの記憶をつづってみてください。怪談: | 四時爺もいる。二時ババもいる。 また、三年生の時四時ババに会おうとして四時に五年の女子トイレの四番目の扉を開けたとき黒い影出たらしい。入り口近くでない私は視認できなかった。 |
記録: | 今年の六年生が市の記録大会で二位になったそうです。 |
教室: | みんな良い人でおもろかった自分がネタとか言ったら全員乗ってくれるし笑ってくれるし趣味もわかってくれたり先生もめっちゃ良い人で「ほんまは置き勉はあかんけど流石にこれは重いわ」って言って置き勉させてくれた |
謝罪: | 担任教師のいじめの思い出深い学校です。 |
音楽室: | 音楽の先生めちゃくちゃ厳しい先生でした |
校庭: | 西側の門から校庭にはいったところにセメント製?のカバのような置きものがあり、そばに不発弾があった。先が尖っていて直径300mm以上あった記憶があります。 |
図工室: | (笑) |
教室: | うんどうかい |
記録: | 懐かしー |
体育館: | 体育館なんて洒落た呼び方ではなく「講堂」だった。当時、多動で落ち着きがなく所謂「発達障害児」であった自分は担任の中年女性教師から当然の如く嫌われ、田舎特有のキツいいじめの渦中にあっても完全にスルーされていた。そんな中、初めての「学芸会」。クラスの出し物は「花さかじじい」のお芝居だったが、私は裏方すらやらせてもらえず、練習時も校庭に追い出されていた。発表当日、おそらく保護者なども観に来て賑やかな声を聴きつつ、講堂の裏手の百日紅の木にもたれてひたすら時間を潰した。母には学芸会の話はしなかったので、来る事は無かった。こっそりくすねた小道具の、金の折り紙の貼られた紙の小判をためすすがめつ眺めたりして、ただひたすら長い長い暇を潰した。もたれた埃っぽい壁の背中越しに、大勢の拍手と笑い声が響いていた。風が吹くと頭上からひらひらといくらでも舞い散ちて来る細かなフリルの小さな小さな桃色の花弁を、今も鮮明に覚えている。穏やかな日差しの、良く晴れた日だった。 |
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